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札幌高等裁判所 昭和61年(ラ)32号 決定

抗告人

大正海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

石川武

右訴訟代理人弁護士

鈴木悦郎

主文

原決定を取消す。

本件を札幌地方裁判所室蘭支部に差戻す。

理由

一本件抗告の趣旨及びその理由は別紙記載のとおりである。

二当裁判所の判断

本件記録によれば、本件競売申立てが原裁判所になされたのは昭和六一年八月一五日であるが、抗告人(債権者・抵当権者)はこの申立てに先立ち同年五月三〇日内容証明郵便をもつて、本件物件について昭和五九年九月二八日売買を原因として札幌法務局室蘭支局同年一〇月四日受付第一二四七九号で所有権移転登記を経由している室蘭市日の出町二丁目一二番一八号生田長治に対して抵当権を実行する旨の通知を発したところ、同年五月三一日配達の際不在であつたため郵便局に保管していたが保管期間を経過したとの理由で同年六月一一日差出人である抗告人代理人鈴木悦郎に返却された。そこで同代理人は同年七月一一日再度普通郵便で所有者生田長治の上記住所に宛て抵当権の実行通知書を発送したが、同人は同日より一ケ月を経由しても抗告人に対し民法三八三条所定の書面の送付がなかつたため前示のとおり本件競売申立てをしたことが認められる。

ところで民法三八一条によれば、抵当権実行の際には予め第三取得者に対し抵当権を実行する旨の通知をすることを要するものとされており、これは第三取得者をして滌除権行使の機会を与える趣旨ではあるが、この通知が実際に第三取得者に到達したことの確認までを要求することは、これによつて抵当権者に対し抵当権実行上多大の負担と不利益を被らせることになる。それゆえ抵当権者と第三取得者との公平を期するうえから、抵当権者としては登記簿上に記載されている第三取得者の住所地に宛てて抵当権実行の通知を発するをもつて足り、該通知が第三取得者の配達時不在等の為実際に到達したかどうか確認できない場合においても、抵当権者は該通知の通常到達すべかりし時より一ケ月以内に第三取得者から債務の弁済又は滌除の通知を受けない限り抵当物件の競売を申立て得るものと解するのが相当である。

そうすると、抗告人が本件競売申立てに先立ち昭和六一年五月三〇日に第三取得者たる生田長治に対し、その登記簿上の住所に宛て抵当権実行の通知を発したが、同人が配達時に不在の為一〇日間の留置期間を経過したとの理由で同年六月一一日に返却されたので、同年七月一一日再度普通郵便で上記住所宛に抵当権実行通知書を発送したところ、同年八月二一日を経過するも滌除の通知がなかつたことは前認定のとおりであるから、これにより民法三八一条で要求される抵当権実行手続の前提要件としての第三取得者に対する抵当権実行の通知はなされたものといわなければならない。

しかるに、原決定は上記事実を認定しながら、これだけでは抵当権実行通知書が所有者に到達したとは認め難く、滌除権行使の機会確保に不充分であり債権者の抵当権実行通知には瑕疵が存するとの理由で抗告人の本件競売申立てを不適当として却下しているものであつて、相当でない。

よつて、原決定を取消し、本件を原裁判所に差戻すこととして主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官舟本信光 裁判官安達敬 裁判官長濱忠次)

抗告の趣旨

原決定を取消し、本件不動産競売開始決定を求める。

抗告の理由

一 原審は、民法三八一条の規定により第三取得者である所有者生田長治に対する抗告人の抵当権実行通知が、昭和六一年五月三〇日付内容証明郵便により発送され、これが不在の理由により返戻されたため、同年七月一一日、右通知書を普通郵便により発送したが、普通郵便による発送では到達が証明されないから、右通知が履践されたとはいえず、したがつて本件競売申立は不適法であるとの理由で却下決定をした。

二 民法三八一条は、第三取得者に滌除の機会を与えるため抵当権実行通知をなすべきことを定めているが、通知の方法については何んら規定していない。そして、民事執行規則一七三条二項は「その通知をした旨を記載し、これを証する文書を添付しなければならない」と定めるに止まる。

ところで、わが国の普通郵便は、住所地に宛てたものは、宛て所が存在する限り郵便受けに配達され、宛て所に宛名人が該当しないときは発信人方に符箋付きで返戻されることになつており、事実としても右の如き取扱いが一般的に実施されているから、一旦内容証明郵便が「不在」、「受取拒否」で返戻された場合、同所に宛て普通郵便で右文書が発送され、これが発信人に返戻されていない限り右文書は宛名人に到達したものと推定される。

三 一方、抵当権実行通知は、第三取得者に滌除の機会を与えると同時に、通知後法定期間内に滌除権の行使がない場合これを失権させる効果を伴うものである。

したがつて、滌除権失権の有無が争われるときは、債権者において、実行通知の到達および到達日時を立証すべき義務があり、この場合、普通郵便による通知に止まるときは、立証責任を尽せず、失権を主張できないことになる。しかし、このことは、競売申立の要件としての通知方法、「通知を証する書面」の解釈とは全く別の問題である。本件のごとく、内容証明郵便が返戻されたため普通郵便により通知をしたことを証する書面を前記執行規則に定める「文書」に該当すると解釈しても、(そしてこの解釈は、郵便の実情に鑑み正当といわなければならない)第三取得者には何んらの不利益も生じない。何故ならば、例外的に、右普通郵便が到達していない場合、開始決定を受けた第三取得者は、滌除権の存在及び行使を主張して異議を申立てれば足りる。結局、債権者は到達の証明ができないから、その時点から、滌除権消滅期間が進行することになり、その間に第三取得者が滌除権を現実に行使すれば、競売申立は、不適法となるし、所定期間内にその行使をしなければ、所詮開始決定が維持されることになる。

四 なお、民事執行規則三条一項は、「民事執行の手続における催告及び通知は、適宜の方法によることができる」と定めているので、肝心の競売開始決定ですら普通郵便によることが可能となつているが、この点もまた「通知を証する文書」の解釈に当たつて参考にされるべきである。

五 以上の次第で、原決定は、民事執行規則一七三条二項の解釈を誤つた違法があり、速やかに取消されるべきである。

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